なんだかすごい夢を見た。


セクシャルマイノリティーのカミングアウトをするという番組に、誰かが僕を推薦していて壇上に上がることになり


僕ってセクシャルマイノリティーなのかなぁとよくわからないまま、控え室でヘアメイクのひとに「全てを受け入れるので、ヘアメイクさんが思う僕の本当の姿にしてください。」と委ねた。


出来上がった姿は、ヘアワックスを塗られただけ。


「あなたはあなたですよ。自信持ってください。」と言われて背中を押されて壇上に上がり僕は話し始めた。


「僕は美しいものや心が好きです。


それが、男でも女でも、何歳でも、異国籍でも動物でも植物でも


美しい、魅力的だ、かわいいと思うものには、心惹かれて触れたくなったり、深めたくなります。


僕の中で何が美しくて何が美しくないかは、僕の独断であり、気分であり、僕以外の誰もそれを決めることはできません。


恋とか愛とか性欲とか心や身体の寂しさの穴埋めとか趣味とか、それはなにかはわからないし、全部だと思います。


僕は僕の感性のまま、その時の気分の姿のまま、美しいと思うもの愛しいものと素直な心で関わり続けます。」


そこで夢から覚めました。


どえらい夢見たな〜。


僕の周りには、色々な人がいて、色んな生き方をしている人がいる。


彼らは、自分の感性に忠実に生きている。


だけど、感性を開けば開くほど社会一般論で受け入れてもらいたいと思うと苦しいし、突き抜けるには相当な覚悟と勇気がいるので、必死で心を誤魔化したり、心を殺したり、型にはまろうとしたりする人もいる。


ひとりひとりの感性は全くちがうから、どこまで突き詰めてもわからないもの。


近くなればなるほど、分かり合えることが多いほど、ひとつになれないジレンマに苦しみ、感性の共感の強要をしてしまう。


大切なのは、わからないものを排除するのではなく


わからないことをわかろうと相手の境遇を体験するのも愛だとは思う。


それでもわからないことはわからないまま互いの感性を大切にできる距離感で付き合うこと。


近けりゃいいってもんじゃないと思った近頃。


よくわからないけど、そんな不思議な朝。


たいようの大切にする多様性。改めてたいようは様々な価値観や美意識が交流して、人々の中に新たな意識が開く場所でありたいなぁ。と思う。